【短編小説】 「死にたい」と口ずさむ
【まえがき】「死にたい」といった弱音が口癖の女性が主人公。とある少女と出会って、前向きな気持ちになるお話です。
文字数は約1800文字くらいです。
【「死にたい」と口ずさむ 】
「……死にたい」
そんな言葉が口から飛び出す。
12月の寒い夜の中、きつい上り坂を、重い足取りで進んでいる。
うっすらと額から汗がにじんでいる。
会社からの帰り道。時刻は午後11時は過ぎている。
12月のクリスマスシーズン前。坂には家々が建ち並んでいて、賑やかな声も聞こえる。なぜか、そんな声を聞くと、わたしの心は寒くなっていく。
「ふぅ……」
今日も疲労困憊。
ふと足を止めて、夜空を見上げると、月がぼんやりと輝いている。
「死にたい……」
今日だけで何度もつぶやいてしまった言葉。
いつの頃からか、これが口癖になっている。
いまのところ、言葉に出すだけで、自殺しようという行動にまでは至っていない。
でも、つぶやく度に、
いつかは自殺を図ろうとしてしまうのでは?
――と、心の奥底が疼く。
「だいじょうぶ?」
え?
真後ろから、ふいに声をかけられ、ドクンと心臓が跳ねあがる。
反射的に振り返る。でも、視線の先には誰もいない。
あ……。
視線を下にずらすと、大きなリュックサックを背負った子供がいた。
見た目では、10歳くらい……。たぶん、女の子。
はっきりと姿が見えない。秋の遠足に行くような格好。なので、冬の夜では寒そう。
「なんで死にたいの?」
かわいい女の子の声。ハキハキと、ど直球な質問を投げかける。
普通の子供だったら、こんな夜遅くに、知らない大人に話しかけたりしない。
でも、彼女の声には、「怯え」や「迷い」が無い。
もしかして、見た目は子供っぽいけれど、大人なのかもしれない。
ドクドク・・・・・・トクントクン。
鳴り響いていた鼓動が、じょじょに小さくなっていく。
「え、えーと」
答えに困る。
なんで、「死にたい」と呟いてしまうのだろう?
疲れているから?
誰も、わたしのことを、気にしてくれないから?
がんばってきたのに、思い描いていた大人になれなかったから?
世の中に絶望している?
将来が不安……。
何も言えずにいると、
「なるほどね」
目の前の子が、何かを分かったような口ぶりで、大きく頷いた。
「あなた、本当は死にたくないんでしょ?」
全身に寒気が走る。
違うと、口を開きかけるけれど、
……何も言えない。
「自分の心を表現するのに、
ぴったり合っている言葉を知らないか……、
あるいは、避けてしまっているだけじゃない?
だから、ありふれた……言いやすい言葉を使っちゃうのよ」
優しく、諭すような声。
初対面の相手なのに、心の扉を無防備に開けてしまう。
「いくつか言うわよ。
ぴったりの言葉があると良いけれど……。
わたしは生きたい。
変わりたい。
強くなりたい。
幸せになりたい。
自分を信じたい。
失敗を恐れない。
他人のことを気にしすぎない。
自分のやりたいことを、やりたい」
女の子が、ゆっくりと一言一言を丁寧に語っていく。
胸の中が熱くなる。
熱いものが胸から全身に駆け回って、瞳から零れ落ちる。
「いまのあなたを、大切にしてあげて」
女の子は、背伸びをして腕をのばすと、ちいさな手で、わたしの頬を優しく撫でた。
そして、軽い足取りで、坂道を登っていく。
わたしは、その場から動けなかった。
遠ざかる足音が聞こえる……。
やがて、大きなリュックサックを背負った女の子は、視界から消えてしまった。
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「……死にたい」
澄み切った青空に向かって、そう呟いてしまう。
社会に出て、
大人になって、
閉じ込めてしまった気持ち。
あの子の言葉で、大切なものを見つけた・・・・・・ような気がする。
でも、それは、まだはっきりとは見えない。
せっかく取り戻した想いは、小さな灯火のよう。
テレビを見ていると、
不安を駆り立てる情報に満ちている。
会社という組織にいると、
会社が望む歯車になろうとして、個性の大切さを忘れてしまう。
そんな世界に、無防備でいると、
取り戻した小さな灯火は、すぐに消えてしまう。
「……死にたい」
また言ってしまった。
染みついてしまったものは、なかなか直らない。
小刻みに、頭を横に振る。
そして、癒やすような優しい声で、言い加える。
「違う。
わたしは、
わたしらしく、生きたいの」
おわり