【短編小説】 わたしの目指すもの
【まえがき】目指しているものが有るけれど、挫折しかけている……。そんな主人公が、とある少女と出会って、考え方が変わっていくお話です。文字数: 約4700文字
【わたしの目指すもの】
「星がきれい」
昨日の大雨で、空が洗い流されたみたい。
都会の夜空は、久しぶりのきれいな星空となっている。
アルバイトからの帰りの道。
足を止めて、見入ってしまう。
星たちの輝きを見ていると、いつも、故郷のことを思い出してしまう。
そういえば、お母さんが、
「ちゃんと食べてる?」って、
心配していたなぁ。
手にしているコンビニ袋をのぞきこむ。
クリームパン 1個
プリン 2個
うん、栄養バランスばっちり!
・・・・・・そんなわけ、あるか~~!
ついつい、心の中で、ボケ突っ込み。
上京してきて、ずいぶん経っている。
小説家になりたいと思って、いろんな賞に応募しているけれど、ぜんぜん、受賞できない。
賞をとった人たちが小説家になっていく。
小説家になれるのは、限られている。
それを、わたしは目指している。
************
夜道を歩いていると、道ばたに桜の花びらを見つけた。
どこにあるんだろう?
花びらが落ちている方を目で追っていく。
すると、小さな公園の真ん中に、桜の木が1本だけあった。
公園には街灯が1つだけ。桜には、少しだけ光が届いていた。
ん?
あれ?
子供?
桜の近くに、小さな子が立っていた。
こんな夜遅くに、子供が?
気になって、そっと、近づいていった。
子供は、山登りに出かけるような服装だった。
足元には、大きなリュックサックが置いてある。
遠足や日帰り登山するには、大きすぎる。本格的な登山・・・・・・あるいは旅をするような装備。
夜空を見あげている子を間近で見る。きれいな黒髪は、首元くらいの高さで切り揃えられている。女の子だった。
「大丈夫?」
「うん、星を見ているの」
ショートヘアの女の子が、ちらりと視線をむけて、ふたたび視線が星空へと戻っていった。
「こらこら、もう子供は寝る時間だよ」
「もうちょっと見てから寝る~」
むむむ。
なんか、くやしい。
「プリンあげようか?」
「プリン!?」
女の子の視線は、わたしが持っているコンビニ袋に、釘付けになっている。
子供っぽい反応に、優越感にひたりながら、コンビニ袋からプリンを取り出す。
そして、プリンを片手に、公園の隅にあるベンチへと誘導する。
女の子は、大きなリュックサックを背負って、ついてきた。
プリンをベンチに置くと、女の子が、リュックサックを降ろして、ちょこんと座った。
ベンチのすぐそばには、この公園で唯一の街灯があるので、女の子が姿がはっきりと見えた。
整った顔立ちで、学校のクラスの人気者になれそうな子だった。
女の子は、プリンを手にしたまま、わたしを・・・・・・、
・・・・・・じゃなくて、コンビニ袋を見ていた。
はて・・・・・・、プリンはもう渡したけど・・・・・・?
あー、そうか。
袋をごそごぞと漁る。
おー、あった。
えらいえらい。
コンビニの店員に感謝しつつ、
見つけたプラスチックのスプーンを、女の子に手渡す。
女の子は、さっそくプリンを食べ始める。
一口食べるたびに、足をパタパタとさせて、喜んでいる。
そんな光景を見て、つい顔が、緩んでしまう。
プリンは2個買ったので、もう1個ある。
さて、わたしも一緒に・・・・・・。
もう1つのスプーンを求めて、コンビニ袋を漁る。
・・・・・・ない。・・・・・・あれ?
袋を覗き込んでみるけれど、やっぱり、ない。
・・・・・・。
1つしか入れてくれなかったの~~!?
先ほどの感謝の気持ちを、即座にキャンセル。
1人で2個食べるって思われたのか・・・・・・。
・・・・・・まぁ、合っているんだけど・・・・・・。
わたしが小さく唸っていると、
口元に、プリンの欠片がのっかったスプーンがやってきた。
反射的に、パクリと食べる。
お い し い~~!!
全身が小刻みに揺れる。
なぜか、ちょっと涙が出た。
プリン100個分のおいしさ!
上京してきて、ずっと独りだったから、
優しさに飢えてしまっていたのかもしれない。
あまりの嬉しさに目尻にたまった涙を誤魔化すように、
わたしは、独りで上京していることを話す。
なぜか、無性に話したくなっちゃったのだ。
女の子は、目をキラキラさせて、興味ありげに耳を傾けてくれている。
「わたしの故郷は、xxxっていう所でね」
ここから離れた場所にある、故郷の名前を口にする。
まぁ、わからないよね……。
会社の人たちと、故郷のことを話す機会は、何度かあった。
でも、知っている人は誰もいなかった。
自分が暴走してきたことに気付き、いったん、話すのを止める。
「知ってるよー。たしか、あそこにあったのは・・・・・・」
女の子は、わたしの故郷の名所をつぎつぎに口にしていく。
なぬ!?
名所といっても、全国レベルで有名なものじゃない。
地元の人間だけが知っている、ローカルな名所だ。
ほー、と感嘆をあげながら、女の子の話を頷きながら聞いた。
やがて、わたしの故郷の話も落ち着いて、次の話題を考えはじめた。
「ねぇ・・・・・・。
あ、」
名前を呼ぼうとして、まだ聞いてなかったことに気付く。
わたしは、自分の名前を名乗ってから、女の子に名前を聞いた。
「あたしは、ミカナ。
未来を奏でるって書いて、未奏」
「ミカナちゃん。良い名前ね」
褒めてあげると、にっこりと笑顔を返してくれる。
――そうだ。
誰かに、話したかったことがあった。
心が通じ合える人と出会えたら、話したかったこと。
だから、ずっと、話せなかった。
深呼吸をすると、ベンチから離れて、桜の下まで行く。
街頭の光が、ぎりぎり届く。
桜の花びらが、静かに舞っている。
ミカナちゃんも立ち上がって、トコトコと来てくれた。
空を、見あげる。
星がきれいに瞬いている。
「わたし、小説家になりたいの。
でも、賞に応募しても、落選続きで・・・・・・。
夢を叶えるのって、むずかしいよね・・・・・・」
一番輝いている星を見つめる。
その星が、わたしの夢だとしたら、そこには辿りつけそうにない。
あそこに辿り着けるのは、ほんのわずかな人だけだ。
ミカナちゃんが、何かを言おうとしている。
けれど、
ちょっと怖くて、先に質問を投げかけてしまった。
「ミカナちゃんは、夢ってあるの?」
意地悪な質問。
わたしだったら、初対面の相手に、こんな質問されたら答えたくない。
ミカナちゃんは、わたしの顔を見上げて、微笑んだ。
「あたしの夢は、ともだちを1000人つくること!」
「せ、せんにん……」
決意に満ちた、強い、強い声。
そして、
ゆるぎない瞳の力。
思いつきで出た言葉じゃない。悩む素振りは無かった。
きっと、ずっと前から、
・・・その夢を決めて、
・・・・・・生きてきたんだ。
体がざわめく。
「だいじょうぶ。
今日も、ひとり増えたから」
そういって、ミカナちゃんが手を差しのべる。
気づくと、すぐにその手をとっていた。
あたたかく、やわらかい手。
前に、誰かと手を繋いだのは、いつだっただろう?
妙にくすぐったい。
「小説家になりたいって思ったのは、なんで?」
「え、えーと・・・・・・」
な、なんでだっけ?
すぐに言葉がでてこない。
大きく深呼吸。
そして、目をとじて、過去の記憶をさかのぼる。
・・・・・・思い出した。
「子供のころ、本を読むのが好きで・・・・・・。
わたしも、お話を考えるのが面白くて・・・・・・。
それが、きっかけ・・・・・・かな?」
ぽつり、ぽつりと、
思い出したことを口に出す。
お気に入りの本。
つくった物語。
なんで、
なんで、
こんな大切なことを忘れていたんだろう?
わたしが話し終えると、ミカナちゃんが夜空を指さした。
「ねぇ、あそこの星は、何に見える?」
「む、なんの星座だったかな」
記憶の糸をたどる。
「あれは、北斗七星だから・・・・・・」
「あたしには、ちょうちょ座に見える。
だって、チョウチョが羽を広げているみたいだもん」
「ちょうちょ座っていうのね」
小説家になろうと思っているのに、星座の知識も無いなんて・・・・・・。
あとで、勉強しなくちゃ。
ミカナちゃんは、まっすぐ、わたしを見つめていた。
口元だけを緩めて、微笑む。大人びた笑い方だった。
何か、言いたいのかな?
でも、待っていても、何も言わない。
やがて、ミカナちゃんは、明るい笑顔に戻って、他の場所を指さした。
「あそこのは、しし座。
あたしには、ライオンに見えないなー」
ミカナちゃんが、星空を解説していってくれた。
「こんな時間だけど、だいじょうぶ?」
ミカナちゃんは、公園に設置されている時計を指さした。
目をこらして、確認してみる。
あれ、もう、23時!?
明日もバイトだから、はやく帰って寝なくちゃ。
「それじゃあね、ミカナちゃん」
頭のすみっこで、何かを忘れているような違和感が・・・・・・。
でも、すぐに思い出せない。
手を振るミカナちゃんに別れを告げて、そそくさと、帰宅した。
その日は、いつもよりも、ぐっすりと眠れた。
************
次の賞の締め切りは、一週間後!
まだ半分も書けてない・・・・・・。
原稿をかかなくちゃ。
ミカナちゃんと出会った、次の日の夜。
急いで帰ろうとしたけれど、公園の前で足が止まった。
夜の公園を見渡すけれど、ミカナちゃんは居ない。
あたりまえか・・・・・・。
そういえば、ミカナちゃんと別れるときに、何か忘れていたような・・・・・・。
腕組みをして、唸りながら、頭をひねる。
あ・・・・・・。
思わす、頭を抱えてしまう。
あ~~!!
なに、ひとりで帰っているの、わたし!
ミカナちゃんを家に帰さなくちゃいけなかったのに、先に帰ってしまっていた。
ふぅと、深呼吸する。
行方不明の子供のニュースも無かったし・・・・・・。
た、たぶん、大丈夫。
公園に入って、桜の木まで歩く。
花びらは、だいぶ少なくなっている。
昨日と同じように、星空を見上げる。
ミカナちゃんが言ってた、ちょうちょ座は、どこだったっけ?
スマホを取り出して、星座を調べてみる。
「あれ、ちょうちょ座って、無いの?」
ちょうちょ座と言っていたのは、たぶん、おおぐま座の一部っぽい。
ミカナちゃんが、間違えていた?
でも、そんな風には・・・・・・。
ひとつひとつ、思い出していく。
――あそこの星は、何に見える?
――あそこのは、しし座。あたしには、ライオンに見えないなー
心の中に、響く声。
ビュゥと、突風が吹いて、まわりの音をかき消す。
一枚の花びらと、夜空が重なった。
花びらが落ちていった後、重なっていた星たちが、桜の花びらに見えた。
目をおおきく見開く。
あの子が伝えたかったのは・・・・・・。
ミカナちゃんの、ちょうちょ座に、目を向ける。
「未奏ちゃん、
わたしには、ちょうちょじゃなくて、開いている本に見えるよ」
星空は1種類だと思ってた。
でも、そうじゃない。
自由に見ていいんだ。
見るひとによって、違っていていい。
だから、わたしが目指そうとしていた「小説家」というのも、
みんなが言っているものとは違っててもいい。
子供のころ、
上手い、下手は関係なくて。
いろんな話を思いつくのが面白かった。
ただ、それだけで、幸せだった。
そっと、目を閉じる。
そっと、右手と左手を合わせる。
こころが、晴れていく。
「待っていてね。
たくさん書いてあげるから」
おわり。