こころ心ココロ

すぐにモチベーションが下がりやすいので、日々精進しています・・・^-^

【短編小説】 ボクの道、キミの道

【まえがき】両親との距離が広がりつつある日々を送っている・・・・・・そんな少年が、旅をしている少女と出会うお話です。約11000文字。

 

 【プロローグ】

 新緑の林を、涼しい風が吹きぬけていく。

 5月のゴールデンウィークに、ボクは、近所の自然公園に来ていた。

 公園の奥には、雨をしのげるくらいの屋根が付いた休憩スペースがあって、ボクはその木製のベンチに座っている。

 早朝。まだ、街の喧騒は聞こえてこない。

 とくに景色が良いわけでもないので、ここに来る人は少ない。
 今も、ボクしかいない。

 心地のいい風に身を任せる。
 
 ――キミに会いたい。

 この季節になると、3年前――小学5年生の頃を、強く思い出す。
 ボクを変えてくれた出会いに。

「キミに会いたい」
 いつもは、心に秘めているコトが、つい、口にでてしまう。
 朝のひんやりした空気に、想いが溶けていく。

 あの子と一緒にいた時間は、短かった。
 だけど、ずっと、ボクの心に住み続けている。

 ゆっくりと、鞄から、ボロボロになったノートを取り出す。

 古ぼけたノートに、そっと手をそえて、最後のページを、やさしく開いた。


【大掃除と、ロボット】

 せっかくのゴールデンウィークなのに、なぜか、ボクの家では大掃除をしていた。

「明日、資源ゴミの日なんだから、今日中に掃除するわよ」
 母さんは、張り切って、押し入れから次々と物を出している。部屋のあちこちに、いろんなモノが散乱していた。

 友達には家族旅行で過ごしている子もいるのに・・・・・・。ボクは掃除なんて・・・・・・。


 ボクは、無言で、のろのろと手を動かしていた。

「これは、もう使わないから、捨てましょ」
 母さんが要らないと判定したものは、段ボール箱に放りこまれていった。

「進(すすむ)、これは要らないわよね?」
 母さんの手には、ボクのおもちゃのロボットが握られていた。
 買ってもらった時は、銀色に輝いていたのに、今では、すっかり、光を失っている。
 小学5年生になった今では、使っていない。

 ・・・・・・たしかに、もう使わないけど。

 ロボットで、友達と遊んでいた記憶が、頭をよぎる。
 心のすみっこに、残しておきたい気持ちがあった。

「捨てていいわよね」
 母さんの強い口調に、つい、頷いてしまった。そして、ロボットは、段ボール箱に放り込まれた。

「進、塾の宿題、もうやったの?」
「・・・・・・まだ」
「それじゃ、先にやってきなさい」
「・・・・・・うん」
 4月から、母さんや父さんに言われて、塾に通いはじめた。そのせいで、友達と遊ぶ時間が減ってしまった。塾通いを始めた子は、ボクだけじゃない。クラスメイトの何人かは、ボクと同じだった。
 塾に通っていない子と、通っている子で、違うグループができつつあった。昔は仲が良かった友達とも、今では立ち話をするくらいだ。

 

 2階にある、ボクの部屋へと向かう。気持ちが沈んでいるとボクと比べ、

「あら、こんなところに、アルバムがあったのね」
 と、母さんは楽しそうに、片付けを続けていた。

 

【ロボットの行方】

「進、ごはんよ~~」

 宿題が半分くらい終わった頃に、昼ご飯の呼び出しがあった。

 母さんは片付けに夢中だったらしく、いつもよりも遅めの昼ご飯で、食べ終えたころには2時になっていた。

 

 ・・・・・・やっぱり、あのロボットが気になる。
 まだ散らかっている部屋で、要らないモノが入った段ボール箱を探す。
 
 あれ、・・・・・・見当たらない。

「段ボール箱は?」 
「お父さんが、ゴミ捨て場に持って行ってくれたわよ。
 なに? やっぱり、捨てられたくなかったの?
 なんで、言わないのよ・・・・・・」

 ぶつぶつと言っている母さんに背を向けて、家から飛び出した。

 

 

 家の近くのゴミ捨て場にやって来た。
 ボクの家の他にも、大掃除をした家があるらしく、たくさんの段ボール箱や、雑誌が山積みになっていた。

 どこだ、どこだ?

 キョロキョロと見回す。

 すると、麦わら帽子をかぶった子が目に入った。きっと、自然公園に遊びに来た子だろう。大きなリュックサックを背負っている。淡い緑色の長袖に、長ズボンといった格好だ。今日は天気が良いので、暑そうに見える。

 ……あ。
 その子の手には、ボクのロボットが握られていた。

 

 麦わら帽子の子供の前に立つ。

 勇気を出して、初めて会った子に、
「返して」

 と、お願いした。

「えー」

 ・・・・・・え?
 女の子の声だった。
 てっきり、男の子だと思っていた。女の子が欲しがるようなロボットじゃない。

「知り合いの子にあげようと思ったのになー」
 不満そうな声だった。
 背は、ボクよりも、頭一つ分くらい小さい。
 麦わら帽子に隠れて、顔はよく見えない。ちょっとだけ膝を曲げて視線を低くすると、への字に曲がった口が見えた。

 

 ボクも引き下がらない。
 麦わら帽子の子も、ロボットを手放そうとしない。

 女の子は、ロボットを握りなおすと、大きく呼吸をした。
「せっかくだから、公園で話しましょ」
 たしかに、ゴミ捨て場で立っているよりは、良さそうだ。
 しぶしぶと、場所を変えることにした。

 

【公園と、勝負】

 暖かくて天気が良いせいか、自然公園には、たくさんの大人や子供たちが遊んでいる。公園をぐるりと一回りしたら、1時間はかかってしまう。山の一部を整備したような公園だ。

 女の子は、リュックサックを芝生に置いて、そのまま腰をおろした。ボクは立ったまま、彼女を見下ろしていた。

「それで、なんで捨てちゃったのよ?」

 ちゃんと話せば、返してくれる・・・・・・かな?
 素直に、大掃除していることや、母親に捨てられてしまったことを話した。
 ふむふむ、と相づちをつきながら、女の子は真剣に聞いてくれた。
「なるほどね・・・・・・むむ・・・・・・」
 話しおわった後、持っているロボットを見つめて唸る女の子。

 ・・・・・・返すか悩んでいるようだ。

 公園では、あちこちで、楽しげな声があがっている。

 女の子から視線をずらし、まわりを見る。

   ボクも友達とよく遊んでいたな・・・・・・。

 つい1年前のことなのに、遠く感じる。

 塾通いを始めてからは、遊ぶ機会が無くなってしまった。

 女の子がポンと手を鳴らしたので、視線を女の子に戻した。

「じゃ、勝負して、あんたが勝ったら返してあげる」
「勝負? どんな?」

 女の子は、ごそごそとリュックサックを開けると、赤色のビニール袋を取り出した。そして、その中にロボットを入れた。

「ロボットを取り戻せたら、あんたの勝ちでいいわよ」

 麦わら帽子のせいで顔は見えないけれど、自信ありげな声だった。

「時間は・・・・・・そうね、3時までってことで」

 公園にある大時計に目をやる。

 ・・・・・・今は、2時45分だから、15分で取り戻せばいいのか。


 赤い袋をもって、女の子が元気よく立ち上がった。

「はい、スタート!」
「え?」
 ぼんやりしている間に、女の子は10メートルくらい遠ざかっていた。
 

 あわてて追いかける。
 ・・・・・・でも、あっという間に、見失ってしまう。
 
 ど、どこだ?
 
 たくさんの親子が遊びまわっている公園。

 目をこらす。

 見つけた!

 緑ばかりの公園だから、赤い袋は目立つ。
 

 立ち止まって、赤い袋を振り回している。ボクを待ち構えているようだ。

 息を整えると、一気に駆けた。

 距離が縮まったかと思うと、女の子が再び走り出す。

 駆けっこが得意なボクが走っても、距離が縮まらない。相手はけっこう速い。

 ボクと一定の距離をたもったまま、公園のあちこちを走り回る。

   公園の中を流れている小川をピョンと飛び越えたり、
   大きな巨石のまわりをぐるぐると何度も回ったり、
   林の中に入ったり・・・・・・。

 ボクが見失うと、視界のすみに、麦わら帽子や赤い袋が、ひょっこりと見え隠れする。

 完全に、もてあそばれている。

 

 ゼエゼエと息を切らして立ち止まる。汗だくだ。体育の授業以外で、こんなに走ったのは久しぶりだ。

 この公園のシンボルの1つでもある、大きな巨石に寄りかかって、息を整える。そのまま公園を見回すと、遠くの水飲み場で休んでいる女の子がいた。50メートルくらいは離れている。

 公園の大時計に目をやると、もうすぐ3時になりそうだ。

「あたしの勝ちね!」
 遠くにいるボクに向かって、女の子が大声で叫んだ。
 
 あと1分くらい残っているはず。
 女の子は、赤いビニール袋を、ブンブンと振り回している。
 
 よし、いくぞ!

 全速力で突撃する。

 

 女の子は逃げずに、ボクを待ち構えている。

 一気に距離が縮まって、赤い袋に、手が届きそうになる。

 手を伸ばすと、
「はい」
 赤い袋が、ポンと、ボクに放り投げられた。

  え!?

 あわててキャッチする。

 時計を確認すると、時計の長針が動いて、ちょうど3時になった。

「ぼ、ボクの勝ち?」
 奪い取ったというよりも、最後は渡されてしまった。

 息が荒いボクにくらべ、女の子は平然としている。あれだけ走り回っていたのに。

 

 女の子は答えずに、ボクが持っている赤い袋を指さした。

  ・・・・・・ん? あれ?
 手に持っている袋の中身が、妙に小さいことに気づく。

 もしかして、壊れちゃっているんじゃ!?
 あわてて、袋を開ける。

 ・・・・・・中には、小石が入っていた。他には何もない。

「・・・・・・ロ、ロボットは?」
 どこかに隠してあるのか?
 女の子を、上から下へと、順に視線でチェックしていく。けれど、ロボットを隠しているようには見えない。

 

 「ついてきて」と、女の子が歩き出す。帽子に邪魔させて、口元しか見えなかったが、ニヤリと笑っていた。まるで、いたずらを成功させた子供のよう。

 大きな巨石の前で、立ち止まる女の子。
 おいかけっこ勝負の時に、何度もぐるぐると回ったところだ。

  あ・・・・・・。
 岩のくぼみに、ロボットが置いてあった。

「少しは、回りを見ないとね」

 ・・・・・・・・・・・・。

 勝負の内容は、袋を取り戻すことじゃなくて、ロボットを取り戻すこと・・・・・・。
 気づいていれば、勝てた・・・・・・のか。

「あたしの勝ちってことで」
 ボクに近寄ってくると、赤い袋を奪いとった。

「ま、追いかけっこの間に、良いもの見つけたから、
 もう少し、付き合ってくれたら、返してあげてもイイわよ」

 女の子は、ロボットをビニール袋に入れると、置きっぱなしにしていたリュックサックへと走っていってしまった。


【林と、語らい】

 公園の奥の林に、ボクらは居た。休憩スペースの木製ベンチに座っている。

 ここは、休憩スペースがあるけれど、うっそうと木が生い茂っているだけなので、あまり人は来ない。涼しい風が、体を冷ましてくれる。

「この石、鳥みたいでしょ?」
 ビニール袋から、小石を取り出して、ボクに見せつけた。
 ・・・・・・ただの小石にしか見えない。
 だけど、麦わら帽子の下からチラリと見える、女の子の瞳はキラキラと輝いていた。

 

 女の子は、リュックサックから、絵の具やらを取り出す。そして、手慣れた手つきで、小石を青く塗り始めた。

「あんたは、今、楽しんでる?」
 作業しながら、女の子が、そんな質問をしてきた。

 

   楽しくなんか・・・・・・。 
 やり残している塾の宿題のことを思い出す。

 ボクは、大きくため息を吐く。

 なぜか、急に話したくなって、つい、ずっと心の中にあった不満をぶちまけた。

  ――塾に通わされていること。
  ――前よりも遊べなくなったこと。

 

 全部、しゃべって、スッキリした。

 女の子のそばには、青い小鳥に見える小石が完成していた。

「あ、返しておくわね」
 すんなりと、ロボットを返してくれた。
 知り合いに渡すアイテムが出来て、これは用済みとなったらしい。
 
 小石の小鳥は、なかなかのできばえだった。
 ロボットと交換してほしいと、ちょっと思ってしまったほどだ。
 
「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。
 あたしは、ミカナ」

 女の子は、足下に転がっていた枝をつかむと、

「未来を奏でるって書いて、ミカナ」

 地面には、未奏、と書いてあった。

 枝が手渡されたので、ボクも地面に名前を書く。

「ボクは、道本 進(どうもと すすむ)」
「ふむふむ、それじゃ、ミッチーね」

 いきなり、微妙なあだ名を付けられた。勝負に負けたこともあって、言い返せない。
 
 空を見あげると、もう夕焼けになっていた。

 そういえば、ミカナは、家族と一緒に公園に来ているはずだ。
 自己紹介をしたばかりなのに、サヨナラしないと・・・・・・。
「キミは帰らなくていいの?」
「ん?
 あー、あたしは大丈夫。ここには一人で来たんだし・・・・・・」

 腕組みをして、胸をはるミカナ。

 でも、夕焼けを見て、むむむと唸りはじめた。
「んー、でも、今日中に着くかなぁ・・・・・・」
 
 ここには遊びに来たわけじゃなくて、どこかに向かっている途中だったらしい。
 ボクが足止めしてしまったみたいだ。

 何かひらめいたのか、ミカナが、ポンと手をたたいた。

「そんじゃ、ミッチーの家にとめてもらおっかな」
 ・・・・・・とんでもない事を口ばしった。

「それは・・・・・・ちょっと・・・・・・」 
 友達を家に泊めたことなんて、一度もない。

  母さんや父さんに、なんて説明すればいいんだ??
  同じ学校の子が困っているから、泊めてほしい?

 頭を抱えてしまう。


 ふと、我に返ると、ミカナの姿が消えていた。

  あれ?
  どこにいった?

 10回くらい見回してみても、見当たらない。

 探すのをあきらめて、帰ろうかと考え始めたとき、休憩場所に、誰かが来た。

 

 白いワンピースを着ていて、黒髪は、肩に届かないくらいの長さで切りそろえられている。

  かわいい。

 整った顔立ち。テレビとかの子役モデルで出てきそうな子だった。

 女の子は、ベンチに座って、足をパタパタを動かしながら林を眺めている。

 つい、じっと見つめてしまった。
 ボクの視線に気づいたのか、女の子がこちらを向いた。

 きれいな黒い瞳と、ボクの瞳が合う。
 柔らかい微笑みを浮かべている。

「あ、あの。キミは・・・・・・」
 口ごもっていると、女の子の口元がつり上がった。背中に片手を回すと、何かを取り出す。

 出てきたのは、麦わら帽子。

 ・・・・・・・・・・・・え。

 ・・・・・・だまされた!!

「気づかなかったの~?」
 ミカナはお腹を抱えて、クククと盛大に笑った。

 

【ボクの家と、夕食】

 夕暮れの公園。遊んでいる人も、少なくなっていた。

 結局、ボクの家に向かうことになった。

「荷物はどこに?」
 いまのミカナは、ピンク色の小さなリュックサックを背負っている。

 さっきまでは、大きくて重そうなリュックサックだったのに。
「隠してあるわよ。ま、一晩くらいなら、大丈夫でしょ」
 あっけらかんと答えた。

 

 家に着くまでの間、ボクの家族について、あれこれと聞いてきた。
 いざ泊まると、心配なのかもしれない。

 だいたい答えた頃には、家に着いていた。

 

 母さん、驚くだろうなぁぁ・・・・・・。だいじょうぶかな・・・・・・。

 自分の家に入るのに、これほど気持ちが重いことはなかった。

 玄関の扉を、おそるおそる開ける。

 ちょうど、玄関を掃除していた母さんと目が合ってしまった。

 

 なんて言おう・・・・・・。

 そんな時、ミカナがひょっこりと、ボクと母さんの間に入ってきた。

「パパとママが居ないから、泊めてくれませんか?」

「え・・・・・・」

 行儀よく、ぺこりとお辞儀をするミカナ。

 まじまじとミカナを見つめていた母さんは、

「うーーん、しょうがないわね・・・・・・」

 と、あっさりと許可してくれた。

 家の大掃除は、まだ終わっていない。片付いていないものが、部屋中に転がっている。捨てるモノは捨て終わったようで、必要な物をしまうのは、明日やるらしい。

 母さんが夕ご飯を料理しはじめると、ミカナが手伝うと言って、台所に行ってしまった。

「あら、未奏ちゃんは、包丁の使い方がうまいのねぇ。うちの子とは大違い」 
 さっきから、母さんは、ミカナを褒めてばかりいる。
 いつもは不機嫌そうな顔なのに、ニコニコとしている。

 ボクの家は、父親と母親と、ボクの3人暮らし。
 弟や妹が居たら、こんな風に、親をとられたような気持ちになったのかもしれない。

 でも、1人増えただけで、家の雰囲気がずいぶん変わった気がした。

 

 リビングには、おいしそうなカレーの匂いが広がっていた。

 テーブルには、4人分のカレーライスが並んでいる。ミカナは、水洗いした葉っぱを持ってきて、カレーライスの上に入れ始めた。

「それは?」

 お店で売っている野菜ではなく、自然公園で生えている雑草だった。
「公園にあったから採ってあったのよ。ちゃんと食べられるから、大丈夫」
 ミカナは胸を張って、自信満々だ。

 そして、父さんが「たしかに、食べられる草みたいだな」と、ノートパソコンの画面を見ながら言う。ネットで、調べたらしい。

 

「いっただきまーす!」

 ミカナは元気よく言うなり、もぐもぐとカレーを食べ始める。

 普段は、3人だから、四角テーブルの1カ所は空いている。
 今は、4人いるから、全部埋まっている。
 いつもと違う光景に、戸惑ってしまう。

 葉っぱを少しかじってみると、にがい。でも、カレーと一緒に食べると、妙に合っていた。

「それにしても、進にこんなガールフレンドが居たんだな」

「が、ガールフレンドなんかじゃ・・・・・・」

 嬉しそうに言う父さんに、あわてて否定する。

 母さんはミカナを気に入ったようで、会話がはずんでいる。
 最近、家族の会話が少なかったのに・・・・・・。
 いまは、途切れることなく、楽しい会話が続いていた。

 

 今日は運動したせいか、カレーをおかわりしてしまった。ミカナはおかわりを2回していた。

 「そうそう、かしわ餅があったんだ」

 カレーを食べ終わった頃、父さんが冷蔵庫から、かしわ餅を3個持ってきた。
 それぞれ色が違っている。
 緑、白、そして、ピンク。

 母さんとミカナも、かしわ餅に注目している。
「どう分けようかしら? 
 ミカナちゃんは、ピンク?」
「ピンクは、何なの?」
「たしか、味噌あんよ」
「へ~~」
「父さんは、いらないから、3人で食べていいぞ」
「だいじょうぶ!」
 ミカナは、かしわ餅を持って、台所に行ってしまった。
 母さんと父さんも付いていく。
 ボクは、リビングから台所を眺めていた。
 
 ミカナが、包丁を取り出して、かしわ餅を切り始めた。

「なるほど・・・・・・」
「ミカナちゃんは、頭がいいのね」
 
 ミカナを褒められると、ボクはなぜか、モヤモヤした気持ちになる。
 最近、ボクが両親から褒められていないせいかもしれない。

 台所から視線を外そうとすると、
「こっちこっち」
 ミカナが、ちょいちょいと、ボクを手招きした。

 しかたなく、台所に行ってみる。

「はい」

「え・・・・・・?」
 包丁を渡された。
 そして、まな板の上には、緑色のかしわ餅があった。

「切ってみて、簡単でしょ?」
 すぐ隣には、きれいに4等分された、白とピンクの餅があった。

 

 包丁を握るのは初めてだ。

 ・・・・・・まぁ、切るだけなら、簡単だろう。

 まず、かしわ餅を半分に切る。きれいに、真っ二つになる。

 もう1回切って、4等分にしようとする。

  ――しまった。

 ずるりと包丁がすべって、斜めに切れてしまった。
 出来たのは、大きい餅が2個、小さい餅が2個。

「もう、何やってるの。
 ミカナちゃんは、こんなに上手に切れたのに・・・・・・」
 すかさず、母さんから、厳しい声があがった。

 気まずくなる・・・・・・。

 いきなり、ミカナが大きな餅に手を伸ばしたかと思うと、

 パクン

 と、大きく切れた餅を食べてしまった。
「ありがとね」
 ボクにむかって、笑顔で、お礼をいってくれた。

 その笑顔で、気まずい気持ちはなくなって、胸があたたかくなる。

 ミカナは、白とピンクの餅もペロリと食べて、リビングにそそくさと行ってしまった。

 ちょっと恥ずかしくて、視線を動かすと、母さんが目をパチクリとさせていた。

「・・・・・・すごい子ね」
 そう、ぽつりとつぶやいて、母さんは小さい餅をパクリと食べた。
 それから、父さんにも小さい餅を渡す。

「あなたは、こっちを食べなさい」
 ボクに向かって、優しい顔をみせて、大きい餅をくれた。

 

【写真と、思い出】

 父さん、母さん、ミカナの3人が、ノートパソコンの画面をのぞきこんでいる。
 そこには、父さんが撮りためた、ボクの写真が映し出されている。
 ボクは離れたところで、へんな写真を見せやしないか、監視中。

「これは、赤ん坊の時のものだな」
 父さんが、次々に写真をスライドさせて、ミカナに見せていく。
 ミカナは頷きながら、興味しんしんに見つめてる。
 
「お母さんや、お父さんの写真もあるの?」
 ミカナが、そんなコトを言い出す。
「そうそう。今日、アルバムを見つけたのよ」
 母さんがリビングから出て行く。

 すぐに、数冊のアルバムを抱えて戻ってきた。 

 そして、アルバムをひろげて、写真を眺め始めた。

 両親のアルバムなんて、見たことがなかった。
 少し興味があったけれど、妙に意気投合している3人の輪に入りづらい。

 そんなボクの気持ちを見透かしたように、ミカナが、

「こっちに来ないの?」
 とボクに手招きした。
 ミカナに続いて、母さんや父さんも手招きする。

 むむ・・・・・・。
 嬉しい気持ちを顔に出さないようにして、ボクも輪に加わった。

 

 写真には、若い父さんと母さんが写っていた。母さんが1枚1枚解説していく。

「お父さんは陶芸をやってて、
 わたしは油絵を描いたりしてたのよ」

 陶芸をやっている写真や、油絵を描いている写真が何枚かあった。

  そんな趣味があったんだ・・・・・・。

 初めて知った。

「今は、やってないの?」
「う~ん・・・・・・。才能が無かったから」
 ちょっと残念そうに、母さんが答えると、ミカナが立ち上がった。

「上手くても、
 下手でも、
 世界で1つだけのものが出来るのは同じでしょ。
 作っている時、
 描いている時って、楽しかったんじゃないのかな?
 あたしは、それだけで十分!」

 ミカナはリビングの隅に置いてあったリュックサックに駆け寄ると、
「今日は、こんなものを作ってみました!」
 と、色を塗った小石を持ってきて、見せていた。
 にっこりと笑うミカナに、両親は微笑んでいた。

 

 お風呂場から、鼻歌が聞こえる。
  母さんとミカナの声。
 こんなに機嫌の良い母さんは、久しぶりだ。

 息苦しかった家が、ずいぶん変わってしまった。

 いつまでも、こんな日が続けばいいのに・・・・・・、そう願ってしまった。

 

【メッセージと、別れ】

 翌日。明るくなったばかりの早朝、ボクとミカナは、公園を歩いていた。

 ジョギングをしている人たちと、すれ違う。
 
  ・・・・・・ねむい。
 いつもなら、まだ寝ている時間だ。ミカナは、朝に強いようで元気いっぱいだ。ボクの前を歩いていて、気を抜くと、おいて行かれそうになる。

 どうしても早く出発したいと、ミカナが言うので、ボクや両親は、いつもより2時間くらい早起きした。

 

 昨日、一緒に過ごした休憩所にやってきた。

 ミカナが立ち止まったので、ボクも足を止める。
 くるりと振り返り、ボクをじっと見つめた。
 
 緑のみずみずしい匂いに包まれている。
 涼しげな風が吹いて、ほてった体をやさしく冷ましてくれた。

 ミカナは大きく深呼吸をすると、

「・・・・・・ミッチーが何をやりたいのかは、
 自分で、ちゃんと決めるのよ。

 そうして、
 自分で選んだ道を、歩き続けるの。

 ときどきは、立ち止まって、
 自分の道が合っているか、確認したら、また歩き出すの」

 

 ・・・・・・どういう意味?
 少しだけしか理解できなかった。

 考えこんでいるボクを置いて、白いワンピース姿のミカナは、木々の中へ消えていってしまった。

 

 しばらくすると、出会ったころの服装に着替えたミカナが現れた。大きなリュックサックを背負っている。

 麦わら帽子は手に持ったままだけど、緑色の長袖、長ズボンになっていた。まるで、シンデレラに掛けられた魔法が解けてしまったようだった。

「またね」

「あ・・・・・・うん、また・・・・・・」
 ミカナが手を差し出す。
 ボクらは、短く、握手をした。
 
 手が離れると、ミカナは麦わら帽子を被って、出会った時の姿に戻ると、走っていってしまった。

 ボクは、別れの実感がないまま、その背中に、小さく手を振った。

 

【その後と、ノート】

 しばらくは、ミカナに出会えないかと、公園を探し回ったこともあった。
 でも、出会えなかった。

 

 ボクの家が、少しずつ変わっていった。

 父さんと母さんは、何かを思い出したように、趣味を始めた。

   父さんの作った食器が、食卓を彩る。
   母さんが描いた油絵が、家の壁を彩る。

 ある日、母さんがボクの部屋にやってきた。

「塾は、どう?
 進は、何か、やりたいことはある?」

 何も答えられなかった。
 塾には行きたくないけれど、他にやりたいことが思いつかない。

 黙っていると、母さんが言葉を続けた。
「あなた、塾に通っているのに、成績は良くなってないのよね。
 でも、他に、やりたいこともない・・・・・・。
 それじゃ、塾を・・・・・・」

 わざとらしく、そこで言葉を止める。

 母さんは、満面の笑みになると、
「いったん、やめてみよっか?」と、やんわりと提案してきた。

「・・・・・・え?」

「あれ? 続けたいの?」
 母さんは、真顔に戻って口を尖らせる。
「つ、続けたくない!」
 
 ボクが本音をもらすと、
 母さんは笑顔で「わかったわ」と言った。

「そうそう、ミカナちゃんとは連絡しているの?」
「ミカナとは・・・・・・」
 口ごもる。
 連絡先すら知らない・・・・・・。

 母さんは、少し寂しげに、ボクの頭をなでた。
 そして、何も言わずに、部屋から出ていった。

 

 ボクは、算数の宿題にとりかかった。

 答えを書こうと、ノートの最後のページをめくる。
  そこには、活き活きとした文字たちが踊っていた。

 ミカナが別れ際に言っていたメッセージだ。

 あのときは、意味が分からなくて、いまでは、メッセージを忘れかけていた。


 あたたかな思い出が、頭の中を駆け巡る。

 このメッセージは、ボクが夕方まで語った悩みに、ミカナが答えてくれたものだ。

  ずるい、不意打ち・・・・・・。
 夕ご飯の時間になるまで、ずっと、動けなかった。

 

【エピローグ】

 ・・・・・・遠くから、街の音が聞こえ始める。

 ノートを、そっと閉じる。

 あの時のボクには、理解できなかったメッセージ。
 今なら、ミカナが伝えたかったことが、痛いほど分かる。

 

 あれから、ボクは、自分の気持ちに向き合って生きている。
 つい先日も、絵が描きたくなったから、文芸部から美術部に部活を変えてしまった。

 

 ときどき、自分に問いかける。そうして、出てきた答えで、自分の道を選択して歩いている。

 3年前、偶然、ボクとミカナの道は交わって、出会えた。
 もう、ボクらの道は、交わらないのかもしれない。

  でも、できたら、
  もう一度、
  ・・・・・・会いたい。
 

 

 そろそろ帰ろうと、ベンチから立ち上がる。朝の爽やかな風が、誰かが上ってくる足音を、ボクの耳に届けた。
 
  誰だろう?

 たびたび来ているけれど、早朝のこの時間に、誰かと会ったことはない。

 足音の方に目を向けると、麦わら帽子が見えた。
 公園に遊びに来るには大げさすぎる、大きなリュックサックを背負っている。

 まさか――、
 でも・・・・・・。
 

 登ってくる子が、ボクに気づいたのか、立ち止まった。
 ――と思ったら、バッと、一気に駆け上がって、ボクの目の前で急停止した。

「お久しぶり、ミッチー」

 彼女は、麦わら帽子を放りなげた。
 あの頃の面影が残っている、太陽のような笑顔が飛び出す。

 ――伝えたいことが、たくさんある――

  それなのに、
  唇は震えるだけで、
  何も声が出てこない。

 ――何かを言わないと。

  焦る気持ちで、
  ぐるぐると伝えたい言葉が、浮かんでは消えていく。

 その中で、消えなかった一言が、勝手に飛び出した。

「ずっと、・・・・・・、会いたかった」

                    おわり。